立春に送る祖母への手紙~いよいよ春だね、おばあちゃん~
日中のひざしにあたたかさは感じるものの、空気はまだ冷たいまま。
立春とはいえ、寒さはしばらく続きます。
それでも天気予報では立春を迎えたことが話題になり、春を感じさせるものが店頭にならびます。
おばあちゃんはもう、昔のように風をきって歩いてはいません。
転ばないようにそろりと歩きながら、注意ぶかく足元を見つめています。
桜のつぼみがふくらんだね。
風があたたかくなったね。
当たり前のようにかわした言葉を、覚えているでしょうか。
気がつかなくなるのは自然の摂理です。
だから今度はハナコが届けます。
幼いころ、たくさん教えてもらった春のこと。
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カレンダーに春がきた
おばあちゃん
豆まきは一年で一番寒い時期にした記憶があるのに、節分の次の日は立春なんだね。
「あんたいい大人になって、まだそんなこと言ってるの。」って笑われそうだなって思っていました。
昔おばあちゃんと歩きながら、桜のつぼみがふくらんだとか、風がちょっとあったかいねって話したのは何月だったんだろう?
立春よりもっと後だったのかと考えながら桜を見たら、やっぱりふっくらしていました。
きっと小さいころ、「立春てなに?寒いのに春なの?」ってなんども聞いたんだと思う。
そのたびにおばあちゃんが、「まだ寒くてもね、空気は少しずつあったかくなってきていて、お花は咲く準備をしてるのよ。」って教えてくれたよね。
やっぱりあれは、立春の記憶なんだとなつかしく思い出していました。
スーパーでも菜の花を見たよ。
子どもの私は苦いのがいやで、おばあちゃんが買うのをいつも横から見ていました。
「大人になったらおいしくなるよ。」って教えてくれた。
今では子どもたちに「大人になったらおいしくなるよ。」と笑いながら、自分のためにカゴに入れています。
おじいちゃんが好きだったのはおひたし。
おばあちゃんが好きなのは天ぷら。
だからおじいちゃんはいつまでもやせてて、おばあちゃんばっかり太るのよねって言っていた。
おばあちゃんがいつまでも若々しくて元気なのは、年とっても揚げもの好きだからだね。
おじいちゃんだってエビ天食べればよかったのに。
結局桜のつぼみで始まった立春が、私の中ではエビ天で決着しました。
花より団子なところ、おばあちゃんそっくりでしょう?
団子ついでにお花見も待ちどおしいね。
どれだけ寒くても、立春の言葉に落ちついていられません。
まだまだ冬のコートは手ばなせないし、セーターも脱げない。
けど気持ちだけは、暦にあわせてうかれていたい。
お天気いいと、春っぽいね。
薄着になったらまた出かけようね。
菜の花のパスタが食べたいな。
お店が決まったら連絡するから、風邪ひかないで元気でいてね。
ハナコ
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あんたはいっつもお気楽だわ
口八丁の父に似てしまい、ハナコはいつも適当なことばかり言っています。
身内だとさらにそれがひどいので、親兄弟、そして祖母までもが、ハナコはいつも勝手なこと言ってる、と聞き流します。
でもそんなキャラクターだからこそ、言っても許されることがあるような気が、最近しています。
適当なことをまきちらすのも、自分の役割のような…
なんて言うと、「また勝手なこと言いだした。」なんて言われかねないのですが、実際、きまじめな母が同じことをいうと、事がおおきくなるのです。
母が花見にいこうといえば、みんなが足腰の弱い祖母が行ける場所を検討したり、手配したり、体調や時間にピリピリしてしまう。
けれどハナコなら、「行けたらいいね~。」とみんなが何もしないまま、いい気分にだけなれるように思うのです。
急に行くことになっても、「ハナコが思いつきで言うから、何の準備もできていない。」とブーイングを起こしながら、ぶらりと行くことになる。
お出かけが大好きだった祖母も、骨折で動けなかったり、体調がすぐれないのか外出がおっくうそうな日もあります。
それでもハナコが「春がきたね~~。」と意味もなくフワフワしていたら、つられて笑ってくれないかな、と思っています。
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